能「巴」

どうも僕です。FateGOの百重塔、頑張って登ってますか?僕は20段で飽きました。

アーチャーインフェルノちゃん活躍してますね。今回は能の名演目「巴」について僕なりの視点から紹介したいです。

 

 

能とは

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そもそも能って観たことありますか?

能は室町時代観阿弥世阿弥によってまとめ上げられた舞台芸術です。平家物語源氏物語といった当時流行っていた古典文学を話にしています。要はラノベのアニメ化と考えてもらって結構です。

明治時代に入るまで大名から庶民に至るまで幅広い支持を得ていた能は以降の様々な物語の原型となりました。歌舞伎の勧進帳はもちろん、Fate清姫なんかもそうですね。これらが現代に生きるのはひとえに能の人気によるものです。

では能がどのように進行するのか。重要なのは歌いながら物語が進むということをです。こういう意味でオペラやミュージカルと変わることはありません。上画像の、舞台奥に「囃子方」、右手に「地謡 (コーラス)」が座り、舞台上の主人公「シテ方」や脇役「ワキ方」の歌うような語りに合わせます。

全編が歌というわけではなく、ある程度のパターンがあります。物語の話を進めるのに囃子方地謡が静かになりシテとワキが会話するシーン、反対に何か表現するのに囃子方地謡が歌いながらシテが舞うシーン、というような形式の組み合わせになっています。

というところまで抑えていただければ結構です。

 

 

能における「巴」

歴史の復習です。平家打倒の令を受けた信濃木曽義仲は北陸を経て京を占拠しますが、部下の京の人への横暴が原因で京から追い出され頼朝との粟津の戦いで戦死します。この義仲には愛人でもある巴御前という女武者がおり、最期まで付き添い戦ったという話が平家物語の一節にあります。この物語が能「巴」のベースになります。能では平家物語から幾分脚色され、より巴の悲しみが表現されています。

ここで全体の流れを紹介します。信濃の国の僧侶が粟津に訪れると、いかにも怪しい女性が現れ粟津の戦いについて語り、そのうちに消えていきます。ここで前半は終了します。その後地元の人の役をした狂言方が舞台に上がり、木曽義仲巴御前について解説をし、先の女性は巴御前の亡霊ではないか言った後に後半に入ります。甲冑を付けた女武者が現れ、僧侶に向かって物語を始めます。信濃の国より出て数々の平家の勢を打ち破った義仲は、そうするうちに京を追われ、逃げるうちに粟津で馬がはまり、ついに自害を決心します。その直前に義仲は巴に、お前は女であるから信濃に帰れと強く命を下します。その後すぐ追手は追いつき、巴は追手に対し戦死も厭わないような奮戦をしますが、義仲の下へ戻るとすでに義仲は自害しており、巴は命に従い信濃へ帰ります。

という流れです。具体的に観た方が良いので、謡(セリフ)ごとに順に見ていきましょう。

 

「巴」と舞台

謡を参照しつつ解説します。謡はこちらから。

http://www5.plala.or.jp/obara123/u2112tom.htm

 

まずはワキの僧侶が舞台に上がってきます。囃子方も静かに進めます。セリフもなんだかよくわからないかもしれませんが、なんとなく意味はわかると思います。僧侶は木曽の里から粟津へ訪れます。

次第
ワキ   「行けば深山{みやま}も麻裳{あさも}よい。行けば深山も麻裳よい。木曽路の旅に出でうよ。
ワキ詞  「これは木曽の山家{やまが} 
       より出でたる僧にて候。われ未だ都を見ず候ふ程に。此度思ひ立ち都に上り候。
   道行「旅衣。木曽の御坂{みさか}を遥々と。木曽の御坂を遥々と。
       思ひ立つ日も美濃尾張。定めぬ宿の暮ごとに。夜を重ねつゝ日を添へて。
       行けば程なく近江路や鳰{にほ}の海とは。これかとよ。鳰の海とは。これかとよ。

詞「急ぎ候ふ程に。江州粟津{あはづ}の原とやらんに着きて候。此所に暫く休らはばやと思ひ候。 

 

するとシテの女性がどこからか現れます。僧侶はお参りに来たという女性が涙を流すのを不審がるが、それに対し女性は西行法師の歌を引いてそれもありうることであると答えます。このように返すとは教養のある女性に違いないと僧侶は思います。

シテ   「面白や鳰{にほ}の浦波静かなる。粟津の原の松蔭に。
       神を斎{いは}ふやまつりごと。げに神感も頼もしや。
シテ詞  「今日は粟津が原の御神事にて候程に。参らばやと思い候。
シテ   「あら有難や候。昔の事の思い出でられて候。
ワキ詞  「不思議やなこれなる女性の。神に参り涙を流し給ふは。
       何と申したる事に候ぞ。
シテ詞  「御僧はみづからが事を仰せ候ふか。
ワキ詞  「さん候神に参り涙を流し給ふ事を不審申して候。
シテ詞  「おろかと不審し給ふや。伝へ聞く行教和尚は。宇佐八幡に詣で給ひ一首の歌に曰く。
      「何事のおはしますとは知らねども。
シテ詞  「忝さに涙こぼるゝと。かやうに詠じ給ひしかば。神も哀とや思し召されけん。
       御衣の袂に御影{みかげ}をうつし。それより都男山に誓を示し給ひ。
      「国土安全を守り給ふ。愚かと不審し給ふぞや
ワキ   「やさしやな女性なれどもこの里の。都に近き住居とて。名にしおひたるやさしさよ。 

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 ここで僧侶が木曽の出身であるとわかると、ここは木曽義仲が神となり守護する地であり、同じ木曽の僧侶が弔ってくれれば嬉しく、このように亡霊も来るだろう、と言い残し舞台から女性は消えます。

シテ詞  「さて/\御僧の住み給ふ。在所はいづくの国やらん。
ワキ詞  「これは信濃}の国木曽の山家の者にて候。
シテ詞  「木曽の山家の人ならば。粟津が原の神の御名を。問はずは如何で知り給ふべき。
       これこそ御身の住み給ふ。木曽義仲の御在所。同じく神と斎はれ給ふ。拝み給へや旅人よ。
ワキ   「不思議やさては義仲の。神とあらはれこの処に。ゐまし給ふは有難さよと。
シテ   「神前に向ひ
シテワキ 「手を合はせ。
地 上歌「古のこれこそ君よ名は今も。これこそ君よ名は今も。有明月の義仲の。
       仏と現じ神となり。世を守り給へる誓ぞ。有難かりける。旅人も一樹の蔭。他生の縁とおぼしめし。
       この松が根に旅居し夜もすがら経を読誦{どくじゆ}して。五衰{ごすゐ}を。慰め給ふべし。
       有難き値遇かなげに有難き値偶かな。さるほどに暮れて行く日も山の端に。入相の鐘の音の。
       浦回{うらわ}の波に響きつゝ。いづれも物凄き折節に。われも亡者も来りたり。その名をいづれとも。
       知らずはこの里人に。問はせ給へと夕暮の。草のはつかに入りにけり。草のはつかに入りにけり 

 ここで前場は終了し、不審に思った僧侶は、地元の人役の狂言方へいろいろと尋ねます。木曽義仲巴御前の話、先ほどの女性の話を聞き、経を唱え続けます。

後半に入ると、仏の弔いは有難いものであると甲冑姿の女性が現れます。囃子方も少しテンポがあがり、寝てる観客を起こします。大抵の能は前半はつまらないので、後半からが本番です。

ワキ待謡 「露をかたしく草枕。露をかたしく草枕。日も暮れ夜にもなりしかば。
       粟津が原のあはれ世の。亡影{なきかげ}いざや。弔{とぶら}はん。亡影いざや弔はん
後シテ  「落花空しきを知る。流水心無{こゝろな}うしておのづから。すめる心はたらちねの。
地     「罪も報も因果の苦しみ。今は浮まん御法{みのり}の功力に草木国土も成仏なれば。
       況や生ある直道{ぢきだう}の弔らひ。かれこれ何れも頼もしや。頼もしやあら有難や。 

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僧侶が尋ねると女性はまさに自らが巴御前であると語ります。ここではワキとシテの声の重ね合いをしつつ、囃子方が徐々に盛り上げ、後の見せ場へと突入していきます。

ワキ   「不思議やな粟津が原の草枕を。見れば有りつる女性なるが。甲胄{かつちう}を帯する不思議さよ。
シテ詞  「なか/\に巴といひし女武者。女とて御最後に。召し具せざりしそのうらみ。
ワキ   「執心残つて今までも。
シテ   「君辺に仕へ申せども。
ワキ   「怨みは猶も。
シテ   「荒磯海の。
地    「粟津の汀にて。波の討死末までも。御供申すべかりしを。女とて御最後に。
      捨てられ参らせし恨めしや。身は恩のため。命{めい}は義による理{ことわり}。
      誰か白真弓取の身の。最後に臨んで功名を。惜まぬ者やある。

 ここでシテは座り、義仲の数々の合戦の武勇から粟津の敗戦について語ります。囃子方地謡もアップテンポを維持します。

クセ   「さても義仲の。信濃を出でさせ給ひしは。五万余騎の御勢くつばみをならべ攻め上る。
      礪波山{となみやま}や倶利伽羅志保{くりからしほ}の合戦に於ても。
      分補功名{ぶんどりこうみやう}のその数。誰に面を越され誰に劣る振舞の。
      なき世語{よがたり}に。名ををし思ふ心かな。
シテ   「されども時刻の到来。
地    「運槻弓の引く方も。渚に寄する粟津野の。草の露霜と消え給ふ。
      所はこゝぞお僧達。同所の人なれば順縁{じゆえん}に弔はせ給へや。 

ここから粟津の戦いについて語り始めます。ここからがこの能の見所です。

必死に逃げる木曽義仲ですがついに粟津で馬が沼にはまり動けなくなります。そしてついに義仲は逃げることを諦め、巴に小袖を渡し、木曽に帰れと強く命じます。

馬がはまるとき、囃子方地謡は激しく、巴からは大きな焦りを感じる動きになります。その後に自害を決めたときには囃子方地謡も非常に緩み、かつ気持ちのこもったものになります。この緩急の落差は一つの表現ポイントで、演者がいかにここを解釈するかによって全く違った印象を与えます。一気に大きく緩み巴の諦めたような深い悲しみを表現する、時にはあまり緩ませず巴の諦められないような想いを表現するというように、様々な表現がなされます。

ロンギ  「さて此原の合戦にて。討たれ給ひし義仲の。最後を語りおはしませ。
シテ   「頃は睦月つの空なれば。
地    「雪はむら消に残るをたゞかよひぢと汀をさして。駒をしるべに落ち給ふが。
      薄氷の深田に駆けこみ。弓手{ゆんで}も馬手{めて}も鐙は沈んでおりたゝん便りもなくて。
      手綱にすがつて鞭を打てども。引く方もなぎさの浜なり前後を忘{ほう}じて控へ給へり。
      こは如何に浅ましや。かゝりし所にみづから駆けよせて見奉れば。
      重手{おもで}はおひ給ひぬ乗替{のりかへ}に召させ参らせ。この松原に御供し。
      はや御自害候へ。巴も供と申せば。そのとき義仲の仰には。汝は女なり。
      しのぶ便もあるべし。これなる守小袖を。木曽に届けよこの旨を。
      背かば主従三世の契絶えはて。ながく不興とのたまへば。
      巴はともかくも。涙にむせぶばかりなり。 

そうこうしてるうちに追手が来て、巴は立ち向かいます。ここは修羅能らしい、薙刀を大きく振り回す立ち回りになっており、純粋に迫力がある部分です。囃子も地謡も非常に強く進行します。

地    「かくて御前を立ち上り。見れば敵の大勢あれは巴か女武者。
      余すな漏らすなと。敵手{かたきて}繁くかゝれば。今は引くとも遁るまじ。
      いで一軍{ひといくさ}嬉しやと。巴少しも騒がすわざと敵を近くなさんと。薙刀引きそばめ。
      少し怒るゝ気色なれば、敵は得たりと。切つてかゝれば。薙刀ぎ柄長くおつ取りのべて。
      四方を払ふ八方払。一所に当る木の葉返し。嵐も落つるや花の瀧波{たきなみ}枕をたゝんで戦ひければ。
      皆一方に。切り立てられて跡も遥{はるか}に見えざりけり。跡も遥{はるか}に見えざりけり。 

ここで巴は義仲の下へ戻ると、義仲はすでに自害しており、近くに先ほど与えられた小袖が置かれています。巴は武者装束を置いて小袖を持ち、木曽へと落ちていきます。

ここが最重要な表現ポイントで、巴を人気演目たらしめる部分です。今まで従ってきた主君に、女であるからと最期を共にすることができなかった女武者の深い悲しみがいかに解釈され、表現されるのか。是非舞台で見ていただきたいです。

シテ   「今はこれまでなりと。
地    「今はこれまでなりと。立ち帰り我が君を。見たてまつればいたはしや。
      はや御自害候ひて。この松}が根に伏し給ひ御枕のほどに御小袖。
      肌の守を置き給ふを。巴泣く/\賜はりて。死骸に御暇{おんいとま}申しつゝ。
      行けども悲しや行きやらぬ。君の名残を如何にせん。 

 

地     「とは思へどもくれぐれの。御遺言の悲しさに。粟津の汀に立ちより。
       上帯切り。物の具心静かに脱}ぎ置き。梨打烏帽子同じく。かしこに脱ぎ捨て。
       御小袖を引きかづき。その際までの佩添{はきそ}への。小太刀を衣に引き隠し。
       処はこゝぞ近江なる。信楽笠を木曽の里に。
       涙と巴はたヾひとり落ち行きしうしろめたさの執心を弔ひてたび給へ。執心を弔ひてたび給へ

 

 

まとめ

巴という一人の女性の心情を通して、真に人間の心の動きに迫った本当に良い演目です。是非見て欲しいです。